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【イベントレポート】兼業起業家のリアル~“少しだけ優しい社会”を作る~

「Startup Hub Tokyo」では、起業に役立つセミナーやイベントを定期的に開催しています。「起業のリアルを知ろう!」シリーズは、先輩起業家の体験談を通じて、起業に対する考え方を学ぶトークイベントです。起業を検討している参加者が、いま直面している課題について講師と話すことで、その先の一歩を踏み出せるよう質疑応答の時間が長く設けられています。

10月10日に開催された「起業のリアルを知ろう! Vol.6」では、日本オラクル株式会社に勤務しながらGeorge & Shaun,LLCを立ちあげ、兼業起業家として活躍する井上憲氏が登壇しました。「少しだけ優しい社会を作る」をスローガンに“ソーシャル捜索”事業を展開しています。これはテクノロジを活用して社会に見守りネットワークを構築しようというものです。同氏は、この事業を立ち上げた動機から今日までの道のり、兼業というスタイルで起業することのメリット、デメリットをざっくばらんに語りました。

ちなみに同社にはGeorgeもShaunもいません。井上氏の3歳の娘さんが、おさるのジョージとひつじのショーンが大好きなことからこの社名にしたそうです。

IoTタグとスマートフォンアプリで構築する見守りネットワーク

井上氏は東京工業大学大学院を卒業後、2006年、新卒としてエンジニア職で日本オラクル株式会社に入社しました。その後、新規事業の立ち上げに関わるようになり、現在はIoTやクラウド関連事業を手がけています。

その一方で、同氏はGeorge & Shaun,LLCの代表でもあります。“大切なヒトやモノの居場所がわかるIoTタグ”「biblle」とスマートフォンアプリ「biblle」を使って、ソーシャル捜索と名づけた見守りネットワークを社会に根づかせようとしています。

ソリューションの核心はIoTタグ「biblle」です。これはiBeacon(AppleのiOS7に標準搭載されて注目を集めたBluetooth Low Energy機能)というテクノロジを組み込んでおり、発信器のような役割を果たします。サイズはUSBデバイスほどの大きさで、重さは9g。電池は約6か月間持ち、これを持って歩くと常時その周囲50~70mの範囲に電波を飛ばします。

この電波を受信して反応するのがスマートフォンアプリ「biblle」です。このアプリは起動していなくても自動的にIoTタグとペアリングしてBluetooth接続し、このIoTタグの位置情報を知りたい人に情報を送信します。電波の発信距離が50~70mに限られるため、このスマートフォンアプリを持っている人が増えれば増えるほど、IoTタグの位置情報を取得できる可能性がより高くなります。そのような社会が実現されたら 、たとえば、小さな子どもにこのIoTタグを持たせておくと、迷子になったとき、その近くにいる人が子どもの位置情報を知らせるため、親は子供を探しだすことができるというわけです。

起業のきっかけは、おばあちゃんの徘徊

井上氏がこの事業を始めたきっかけは、おばあちゃんの徘徊行動でした。これは短期間で何度も起きることがあり、おばあちゃんの場合は3か月のあいだに3回発生、その都度家族じゅうで大変困りました。市役所で徘徊行動用のGPS端末を借りてみましたが、この端末は大きさがタバコの箱ほどあり、しかも電池が一日しか持たないため、実際にはあまり機能しませんでした。

その一方で、井上氏が一条の光を見出したのは、3回徘徊したうちの2回、おばあちゃんを見つけてくれたのは街の人々だったということでした。このことをきっかけに街の中での見守りプロジェクトを立ち上げようとしていたところ、出会ったのがiBeaconというテクノロジだったのです。これが起業を構想する直接のフックでした。

おりしも、日本オラクルでは裁量労働制度が進んでいて、井上氏には時間がありました。サマータイム時には夕方4時に退社できる日もあったそうです。こうして生まれた時間をどう使うか、井上氏は考えました。

「仲間と飲みに行っても、ゴルフにはまってもよかったんですが、私はその時間を、自分の持っているスキルを別の形で社会に生かすために使いたいと思いました。専業という形だとそれはさすがにリスクも高いし、目先の利益に追われてしまい、ほんとうに実現したい“少しだけ優しい社会を作る”という目標からどんどんずれていくのが目に見えています。そこで、私は兼業で起業することを選択しました」

創業1年半で7つのプロジェクトを同時進行中

iBeaconを使ったソリューションをどう組み立てればうまく機能するか、地方自治体の協力も得ながら数々のフィジビリティスタディを経た後、2016年3月、井上氏は大学時代の友人とGeorge & Shaun,LLCを立ち上げました。そして、IoTタグ「biblle 」の試作に入ります。その年の末には初回出荷に漕ぎつけますが、納品後、電池が2日で切れるトラブルが発生。年末年始に400個を回収してまわるという経験もしました。

そうした失敗を乗り越えて世に出したIoTタグは、現在、大手ECサイトやセレクトショップで販売されており、累積で約4,000個まで到達しました。また同社は、企業や地方自治体と一緒に「biblle」普及を促進するプロジェクトに力を入れており、 同時並行で7~8プロジェクトが動いているそうです。

働き方改革が叫ばれる中、兼業起業には追い風が吹いている、と井上氏は語ります。日本オラクルではすでに126件の兼業例があり、同氏のケースはCSRの観点でも起業意義が高い、と同社株主向け広報誌でも紹介されました。

兼業のメリット・デメリット

井上氏は兼業で起業するメリットについてこう語ります。

「本業での人脈やツテを活用できる点は大きいと思います。また私の場合、市場はほとんどオーバーラップしていないんですが、本業もIoT関連なので、“そういう仕事に携わっている人が、George & Shaunのようなビジネスをするのは十分考えられることですね”と好意的に受け止めてもらえます。

また、本業を持って生活が安定しているため、目先の利益を追う必要がないというのも重要です。会社をLLCとしたのは、できるだけ株主資本が入りにくいようにしたかったからです。

ベンチャーキャピタルなどに会うとどうしても、IoTタグを何本いつまでに売るのかとか、キャッシュフローがどうとか言う話になりがちなんですが、私の焦点はあくまで、中長期的な視野で『biblle 』というプラットフォームを世の中に浸透させることにあります。法人も“人”で、人に寝不足のときや風邪気味のときがあるように、状態のよくないときがあるし、弱点も存在します。それでも私はいいと思っていて、重要なのは事業への“思い”がどれほどなのかということだと思います」

ただし、兼業にはデメリットもあり、「本業をがんばっていないとキツい」と井上氏。周囲に“二兎負うものは一兎も得ず”なのではないか、という厳しい視線があるからでしょう。

本業はメカエンジニア、退勤後はプロダクトデザイナー

このイベントには、George & Shaun,LLCからもう一人メンバーが登場しました。それが、IoTタグの試作を始めた第二創業期から合流したGeorge & Shaun,LLCリードデザイナー・コンシューマデバイス 小野幸村氏です。彼も、本業はキヤノン株式会社 生産技術研究所に勤務するメカ系エンジニアという兼業起業家です。

「井上とは大学の先輩・後輩の関係で、当初は試作を手伝うだけかと思っていました。ところが、いつのまにか私も入ったLINEグループができていたり、名刺が出来上がってきたり、メカとは関係ない打ち合わせに呼ばれたりして、仲間として考えてくれているんだと思ってうれしかったです。本業では、レンズの表面をナノメートルオーダーで加工するため、金型の温度を±0.1度で管理するというようなマニアックな仕事をしているんですが、George & Shaunでは、コンシューマ向けのデバイスをゼロから製品を作って、それを世に問い、市場の反応を直接肌で受け止められるという点に高いモチベーションを感じています」

“兼業でのビジネスが私には最適な形”

質疑応答の時間には、さまざまな観点から多くの質問が寄せられました。

『biblle』とのすれ違いはクルマでも機能するのか?

「60km/時なら大丈夫、実際、自動車会社にクルマを”見守りプラットフォーム”にしてはどうか、と提案に行ったこともあります」

もともと起業しようと思っていたか?この先、事業が軌道に乗ったら専業化する予定はあるのか?

「会社経営をしたいとは思っていましたが、起業したいとは思っていませんでした。まだ子どもも小さいですし、私にとって専業での起業リスクは大きいです。また繰り返し言っているように、それで目標がブレるのも望むところではありません。専業化も今のところはあまり考えていません。メンバーも全員が兼業で、給料がどうこうという人間はおらず、この事業に意義を感じて参加してくれているという感じです」

一日の時間配分をどうしているのか?

井上氏「日本オラクルは裁量労働が進んでいるので、一日の中の時間配分は自由です。私の場合は、いまオラクルの仕事をしていたかと思えば、次はGeorge & Shaunの仕事をするという感じでごちゃまぜ。結果的に半々ぐらいの割合で時間を使っています」

小野氏「私の場合は、仕事が終わる平日5時以降と週末がGeorge & Shaunタイムで、その時間で出席できる打ち合わせや懇親会、展示会は全部出ようと自分の中で決めています。そこで本業だけではなかなか会えない人たちの話を聞いて、刺激をもらったり、気づきを得るのが私にとって大きな収穫になっています」

質疑応答後のネットワーキングタイムでも、熱心な参加者が、講演内容や、自身の起業アイデアについて両氏とじっくり話し込む姿が見られました。

・ゲスト

井上 憲 George & Shaun,LLC 代表 / 日本オラクル株式会社 マネジャー
1980年生まれ。2006年に日本オラクルに新卒入社後、現在までIoT製品/クラウド製品の事業開発を歴任。一方で自身の家族の迷子をきっかけに2016年3月に東京工業大学院時代の学友と、ジョージ・アンド・ショーン合同会社を兼業。『biblle(ビブル)』の展開のほか、各地方自治体との見守りプロジェクト実施にために、国内外含めて奔走している。

小野 幸村 George & Shaun,LLC リードデザイナー・コンシューマデバイス

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