MAGAZINE

【イベントレポート】ココロにふれる”ココロの情報”をつくりとどける。社会起業家ぷるすあるは代表 北野陽子

起業を支援する「Startup Hub Tokyo」では、定期的に起業に役立つセミナーやイベントを開催しています。

「社会起業家シリーズ」では、NPO法人ポレポレ代表の高橋邦之さんがコーディネーターを務め、想いを持って社会の変革を目指す社会起業家(Changemaker)をゲストに迎えて開催しています。

5月18日に開催された第5回目のゲストは、2015年6月にNPO法人『ぷるすあるは』を設立し、代表を務める医師の北野陽子さん。同団体の活動や背景、取り組みについて伺いました。

情報コンテンツの力で安心と希望を届ける

NPO法人ぷるすあるはは、“情報コンテンツの力で、精神障害を抱えた親とその子どもへ安心と希望を届ける”というミッションのもと設立されました。メンタルヘルス領域に特化した活動に取り組み、絵本やwebサイトなどの情報コンテンツを活用して、うつ病やアルコール依存症など、精神障害を抱えた親と、その子どもの心にふれる”心の情報”を届けています。

「具体的には、子どものケアについて取り上げた『家族のこころの病気を子どもに伝える絵本』や、精神障害を抱える親御さんとその子どもに、必要な情報を届けるwebサイト『子ども情報ステーション』を運営しています。現在は、これまで作った7冊の絵本をどうやって普及させていくかに一番力をつかっていますね」

北野さんは活動について紹介された後、実際にどういう絵本を作っているのか、読み聞かせをしていただきました。絵本のテーマは親のアルコール依存症。「ボクのこと忘れちゃったの?」というタイトルで、親のアルコール依存症に対する子どもの気持ちが、イラストと言葉を使って描かれています。読み聞かせの後、北野さんは以下のように言葉を続けました。

「読み物の感じ方に正解はありません。アルコール依存症の父を持つハルくん(絵本の登場人物)の気持ちにぐっと寄り添って聞いていた方もいるでしょうし、お父さんを見て、自分のお酒の飲み方を振り返った方もいるかもしれません。その人その人が感じとった気持ちを大切にしていただければと思います」

ぷるすあるはでは、イラストや物語にメッセージのせることで、なかなか伝えることが難しい親の精神障害を、子どもに伝えられるよう作られているといいます。

「この絵本のイラストと物語を考えているメンバーの細尾自身も、落ち着かない家庭環境のなかで育ってきた経験があり、そのときに感じたリアルな感情や表現を、この絵本に閉じ込めています。彼女自身、子ども時代に誰にも相談できず悩んだ経験があったからこそ、この絵本があることで『自分だけじゃないんだ』と感じてもらえたりするきっかけになればと考えています」

精神障害を抱える当事者と、その子どものサポートが進んでいない現状への危機感

「親御さんが精神障害を抱えている子どもって、全国にどれくらいいると思いますか?」

会場に問いかけた北野さん。データを見せるべく出したスライドはなぜか空白。なぜなら、日本では親が精神障害を抱えている子どもの数は調査されていないのです。

「子どもが自ら声をあげることは難しく、国としてもサポートが進んでいません。一方、精神障害を持つ親御さんに接する機会のある医療の現場でも、子どもの様子までは見えてきません。診察しても『お子さんはどうですか?』という話まで踏み込むことはなかなか難しい。それは教育現場にも言えること。保護者の方の精神障害については踏み込みにくい。結果的に、親御さんが精神障害を抱えている子どもがどれほどいるかが把握できていないのです」

親も疾患を抱えてしまい子どもに申し訳ないと思っていることから、情報がオープンにならない場合もあるそうです。その当事者のパートナーも仕事で忙しく、子どものサポートまで手が回らなかったり、親自身弱音が吐けないといった現状もあるといいます。

「もともとは、親御さんが精神障害を抱える子どもへのサポートがない現状を危惧して、始まった活動でした。しかし、活動をやっていけばいくほど、子どもだけでなく、親御さんも含めた家庭全体をサポートしていくべきだと感じましたね」

紙芝居を見た子どもの反応が、いまの活動の原点

北野さんが現在の活動に取り組むに至った背景には、精神保健福祉センター勤務時代に子どもに向けて作った紙芝居にあったといいます。

「あるとき、家族が精神障害を抱えている子どもを応援するプロジェクトを実施する機会があったんです。どうすればメッセージが伝わるのか話し合い、出たアイデアが紙芝居。現在、一緒に活動に取り組んいる細尾がイラストや物語を担当して、作ることになりました。それをいざ子どもたちに見せてみると、食い入るように見てくれる。その紙芝居を見ていた、周りの大人たちの心にも刺さる感じがあって。そこで『こうすれば、多くの人に伝えられるんだ!』と実感したんです」

紙芝居から着想を得たのち、細尾さんと一緒に、絵本制作に取り掛かります。

「出版関係のつてをたどり、なんとか編集者の方と一緒に作ることになりました。その編集者さんが所属する出版社では絵本を扱っていなかったんですが、『これは世の中に必要な本だから一緒に作りましょう』といってなんとか企画を通してくれたんです」

担当編集者と二人三脚で絵本を作ることになった北野さん。彼女にとって、これがはじめての絵本作りでしたが、さまざまなサポートもあり、なんとか1冊目の絵本を作り上げることができました。完成した絵本を周りに見せると、絵本のクオリティに驚くのはもちろん、物語自体にも共感してくれたといいます。

「絵本が完成する前は『何をしたいのか全然わからない』といっていた周りの人たちも、完成した絵本を見ると『こういうことが伝えたかったんだね』と、共感してくれたり、応援してくれたりするようになりました」 

熱意や想いは必ずしも共感を得られるとは限りません。しかし、北野さんのように、絵本というプロダクトを通じて、取り組みや想いが見える化されることで、その想いに共感・応援してくれる人も増えるのかもしれません。

絵本が売れない状況にくわえ、経営の問題も浮き彫りに

北野さんははじめ、精神障害を伝えるためのツール(絵本)があれば理解を広げることができると考えていました。しかし「作っただけでは売れない」ことを実感します。

「潜在的なニーズがあると思ってはじめた絵本作りでしたが、最初はびっくりするぐらい売れませんでした。そこであらためて、ものがあるだけではだめなんだと気づいたんです。いかに普及させていくか、そのためのシステムをどう作るかも同時に考えるようになりました」

絵本が売れないという状況に加え、経営における問題も浮き彫りに。絵本製作以外の、資金繰りや財務管理といった部分に時間が割けなくなっていたのです。

そこで、北野さんはソーシャルベンチャー・パートナーズ東京というソーシャルベンチャーの投資・協働先募集に応募。見事選ばれたぷるすあるは、プロボノの精鋭およそ10人からなるチームが、経営戦略やビジネスモデルの構築、webで情報発信する際に必要となる技術やマーケティングの部分をサポートしてくれることになりました。

「プロボノのチームがサポートしてくれたおかげで、今までは任意団体として活動していたぷるすあるはも、2015年、正式にNPO法人になることができました。クラウドファンディングにも挑戦し、そこで集めた資金をもとにこころの不調をかかえた親とその子どもに必要な情報を届ける『子ども情報ステーション』を制作。そのほか、保健室に絵本を献本するプロジェクトなども実施し、着実に認知度が向上してきたと思います」

賛否問わず声が広がっていくことが大切

講演の後半、北野さん自身、活動を続けていくときの支えになったという、絵本や情報サイトを読んだ人から実際に寄せられた声を紹介していただきました。

「子どもの頃の自分がなぜ悲しかったかを、大人になったいま気づくことができ、いまを大切しようと思いました」

「自分と同じ境遇にいる子どもが、いまのしんどい状況から抜け出せるよう、もっと絵本の存在を周りに広めていきたいと思います」

北野さん自身の支えにもなったというポジティブな声の数々。一方、絵本のメッセージに対し『自分の体験や感じてきたこととはちがう』『子どもに親の病気を伝えることを強調しすぎるメッセージはよくないのでは』といった意見も少なからずあるといいます。ただ北野さんは、異なる意見に対してもポジティブな姿勢を貫いていました。

「ネガティブな意見が集まることは、裏を返すとそれだけ活動や課題への認知が広がっているということ。賛否問わず声が広がっていくのはとても大事だと思っています。さまざまな意見に耳を傾けながら、さらによいものを作っていけたらと思います」

起業を目的とするのではなく、身近な課題を解決するための手段として事業をつづけてきた北野さん。身近な課題にこそ、起業の糸口が潜んでいるかもしれません。

Startup Hub Tokyoでは、起業を検討している方向けに知識やノウハウを提供するイベントを開催しています。起業を検討している方は、ぜひ足を運んでみてください。

ゲストプロフィール:

北野陽子 / ぷるすあるは(https://pulusualuha.or.jp/)代表

長崎県生まれ。2012年、任意団体プルスアルハ、2015年、NPOぷるすあるはを設立。看護師チアキの独創的なイラストを生かし、絵本やウェブサイトを通して、精神保健に関する情報発信に取り組む。中心テーマは精神障がいの親をもつ子どもの応援。著書に『家族のこころの病気を子どもに伝える絵本/ゆまに書房』シリーズ[うつ病編、統合失調症編、アルコール依存症編] ほか。『子ども情報ステーションhttp://kidsinfost.net』を運営。医師、精神保健指定医。

執筆:吉田祐基(inquire)

PAGE TOP