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【イベントレポート】 自らのアイデアを大きなビジネスへ育てるための「科学的アプローチ」とは -Startup Science~失敗しないための「型」を手に入れる~

起業を支援する「Startup Hub Tokyo」では、さまざまなプログラムを実施しています。2017年10月23日には、主に起業経験者を対象としたトークイベント「Startup Science~失敗しないための『型』を手に入れる」が開催されました。

トークゲストの田所雅之氏は、ベンチャーキャピタリストおよびアントレプレナーとして、日米で数多くの起業とベンチャーへの投資を経験されてきました。そのキャリアを通じて得た経験や、行った情報収集は膨大なものです。同氏は、その成果を「Startup Science」と題した1750枚のスライドにまとめました。2017年6月に公開された「Startup Science」は、わずか1週間のうちに7500回以上シェアされ、閲覧数は17万ページビューを突破するなど、大きな反響を呼びました。2017年11月には、スライドの内容に大幅な加筆を行った書籍「起業の科学 スタートアップサイエンス」(日経BP社刊)も発売され、注目はますます高まっています。

多くのベンチャーがさまざまなアイデアを持って起業する中、その大部分は事業の拡大に至る前に廃業を余儀なくされます。その理由のひとつには、スタートアップの成長過程において、チームが現在「到達している段階」や「次に進むためにやるべきこと」を客観的に把握できる「道しるべ」のような情報が集約されていなかったことにあると田所氏は考えました。「Startup Science」では、スタートアップ企業が顧客に愛されるプロダクトを作り、事業を拡大(スケール)していけるようになるための指標となる考え方を整理しています。

今回のイベントでは、田所氏自身がこの「Startup Science」に含まれている「68項目の要諦」について、モデレーターであるデンソーの坪井聡一郎氏と共に、コメントや最新のスタートアップ動向を交えながら解説を行いました。トークセッションは約2時間半におよぶ内容の濃いものでしたが、この記事ではその一部分をダイジェストでレポートします。

スタートアップの「アート(Art)」と「サイエンス(Science)」

「Startup Science」というタイトルについて、モデレーターの坪井氏は「起業には『Art』と『Science』の要素がある」と指摘しました。田所氏はスタートアップにおける「Art」と「Science」の違いについて、次のように話します。

「起業の過程では、自分が課題だと感じたことが、本当にビジネスになるのかをプロセスを経て吟味し、改善し続けなければ、多くの場合は失敗に至ります。私は、自分自身でも数回の起業を経験していますが、起業した瞬間から、やるべきことが山のようにあるように感じられました。しかし、後から考えてみると、本当にやるべきだったことは、全体が100だとすれば、そのうちのほんの3つか4つしかなかったのです。Startup Scienceは、潤沢なリソースを持たないスタートアップが、やるべきことを行い、ムダを省き、失敗のリスクを下げるためのプラクティスだと考えています」(田所氏)

「やるべきこと」を段階的に進めていく過程で、「自分たちはどの段階にいるのか」「次に何をしたら前に進めるのか」を客観的に知るためのツールがなかったことが、田所氏が「Startup Science」構築に取り組むきっかけになったといいます。

Startup Scienceでは、一般的なスタートアップが取り組むべきプロセスを「Idea Verification(アイデアの検証)」「Customer-Problem Fit(カスタマーにおける課題の検証)」「Problem-Solution Fit(課題を解決するソリューションの検証)」「Product-Market Fit(プロダクトと市場の適合)」「Transition to Scale(スケールするための変革)」の5つのフェーズに分け、それぞれのフェーズで「やるべきこと」を20のステップとして定義しています。

「事業を進めていく過程で、自分たちのやるべきことを考えるための指針として、この20ステップを利用できます。これは、私自身の経験や、情報収集から導き出した『Science』です。結果として、最終的に残ったものから、自分の信念や価値観に照らし合わせて、自分が人生をかけてやるべきことを1つだけ選び出すとすれば、それは『Art』になる可能性があると思います」(田所氏)

自分のビジネスが関わる領域の今と未来を熟知する-PEST分析の重要性

思いついたアイデアをビジネスとして育てていく最初の段階で重要なのは「事業のロードマップが、それを取り巻く外部環境と合っているかについて、徹底的に調べること」だと田所氏は言います。ここで活用できるのが「PEST分析」です。

PEST分析とは、自社を取り巻く外部環境が、現在から将来にわたってどう変化するか、さらには自分たちのビジネス領域にどのような影響を与えるかを把握するための手法です。「PEST」とは「Politics(政治)」「Economy(経済)」「Society(社会)」「Technology(技術)」の頭文字をとったもので、これらの観点から分析を行います。

「例えば、今は多くのモバイルサービスが、ユーザーは4Gの移動通信システムでスマートフォンを利用していることを前提にUX(ユーザー体験)をデザインしていますが、通信速度が大幅に高速化された『5G』が、2020年前後には実用化される見通しです。つまり、あと2~3年のうちに、現在のモバイルサービスの前提となっている技術要件そのものが変わってしまう可能性が高いのです。スタートアップとして起業すれば、その領域に5年や10年といった比較的長い期間で関わっていくことになります。ビジネスの前提条件が変わる可能性を念頭に、自分のロードマップが対応できるかどうか、外部環境の動きについても徹底的に調べておくことが必要です」(田所氏)

こうした変化は、「技術」の領域に限って起こることではありません。例えば「政治」の状況が変化すれば、現在、法的に規制のある産業やサービスの状況が大きく変わる可能性があります。例えば、個人ドライバーと目的地まで移動したい同乗者をネットでマッチングする米国発の「Uber」のようなサービスは、現状、道路運送法上の規制によって日本では本格的な展開が難しい状況です。しかし、既に地域や営業内容を限定した実証実験などが進められており、これから数年のうちに法律による規制が緩和されていく可能性も高まっています。

「法律で規制されている産業ほど、今後のビジネスチャンスは大きい。現行の法律や規制内容、業界のロビー活動などの状況を知っておくことは、そのチャンスをつかむためにも重要」だと田所氏は述べました。

「クラウドファンディング」はスタートアップ向きではない?

自分が持っているビジネスやプロダクトのアイデアを公開し、その趣旨に賛同した人々から出資を募る「クラウドファンディング」が、スタートアップの新たな資金調達スキームとして注目を集めています。

しかし、今回のイベントでは、田所氏、坪井氏とも「スタートアップにとって、クラウドファンディングによる資金調達は必ずしも良い方法ではない」との考えを示しました。

「クラウドファンディングでは、ネットユーザーが関心のある課題へのソリューション、特にプロダクトに対して出資を募ります。そうした性質から、早い段階でプロダクトのスペックや、調達などの仕組みを作り上げることが求められます。つまり、スタートアップが組織として十分に成熟していない段階で、スケールさせていかざるを得なくなるケースが多いように感じます」(田所氏)

田所氏がメンタリングを行った、あるスタートアップでもクラウドファンディングによって資金を調達していたそうですが、そこではチームが3人しかいないにも関わらず、役職として「CPO(Chief Product Office)」が設置されていたそうです。スタートアップとしてのチームやプロセスが未成熟な状態で、出資者にとってのゴールとなるプロダクトへのコミットを強く求められる状況に田所氏は危惧を感じたと言います。

「どのようなEquity Storyを描けるかが、スタートアップが失敗しないために大切な要素のひとつ」であると田所氏は言います。

Equity Storyとは、資金調達を行う際に、出資者に対して、その資金を経営にどのように使っていくか、その結果としてどれだけの価値を生み出せるかといったことを説明するための青写真です。

「多くのスタートアップでは、保有するキャッシュと利益の関係が、Product-Market Fitのプロセスを境として緩やかな『Jカーブ』を描くのが一般的です。初期段階でまとまった資金を得る形になるクラウドファンディングを利用すると、この形がきわめていびつになる懸念があります。私としては、スタートアップの資金調達にクラウドファンディングは向いていないというのが持論です」(田所氏)

「ビジョン」はピボットできない

「投資家に出資を受けた起業家であれば『ピボットしろ』と言われた経験が少なからずあると思う」と坪井氏が促すと、会場に詰めかけた企業経験者のうち何人かが賛同を示しました。

「ピボット」とは、スタートアップ企業にとっては、それまで推し進めていたビジネスモデルや、作ろうとしていたプロダクトの方針を転換することを指します。起業家は、自分のアイデアを、課題解決のための「プロダクト」へと仕上げていく過程の中で、何度も検証を行い、必要に応じて、当初の考えや計画の「ピボット」を求められる場面に遭遇します。

その際、注意すべき点として「ビジョン(Vision)はピボットしてはいけない」と田所氏は述べました。

スタートアップにとって「Vision」は、自らが世の中に存在する理由となるコンセプトです。そのコンセプトを実現するために「戦略(Strategy)」を練り、ツールとして「プロダクト(Product)」を作り上げます。つまり「Vision」をピボットする必要性を感じた場合には、そのスタートアップの存在価値自体を見直すべきだというわけです。

「共同創業者(Co-Founder)とVisionは、スタートアップにとっての土台となるものであり、本来変更はしないものです。特にVisionに関して、ピボットの必要性を感じたとしたら、そのスタートアップ自体を辞める決断をすべきだと考えます」(田所氏)

スタートアップは「BMC」より「リーンキャンバス」を使え

アイデアをビジネスモデルへとまとめ上げていく過程で利用できるツールとして「ビジネスモデルキャンバス(BMC)」と呼ばれるフレームワークが知られています。スタートアップにおいても、BMCを埋めていくことで計画を整理するよう投資家などから求められることが多々あるようです。

しかしながら田所氏は「スタートアップの場合、BMCよりもリーンキャンバスのほうが書きやすく、合っている」と話しました。

リーンキャンバスは、BMCと同様のフレームワークですが「解決すべき課題」や「ソリューションの機能」を明確に記すなど、リーンスタートアップにとって、より使いやすい項目分けがされています。

「スタートアップの場合、もともと存在していると思っていた課題が、調べてみた結果、実際には存在していなかったというようなことが往々にしてあります。それを避けるためにも、解決すべき課題を明確にするリーンキャンバスのほうがスタートアップにとっては使いやすいでしょう。利用できるリソースなどを書き込むBCMは、どちらかというと大企業向けかもしれませんね。そもそも、スタートアップにリソースなんてないです(笑)」(田所氏)

自社のビジネスモデルをリーンキャンバスのようなフレームワークとしてまとめ、洗練させていく作業は、特にメンバーの少ない初期のスタートアップにとって重要な意味を持つと田所氏は指摘します。

「複数のファウンダーがいるスタートアップに対して『君たちのチームは、誰の、どのような困りごとを、どのように解決するの?』と質問して、全員が同じように答えられるケースは、案外少ないのです。ファウンダー同士が、共通のリーンキャンバスなどを通じて、こうした質問に同じように即答できるよう、普段からオーバーコミュニケーションをとっておくことが、成熟の過程においては重要になってきます」(田所氏)

成功するスタートアップは「学習」を繰り返す

このトークイベントにおいて、田所氏、坪井氏の双方が繰り返し強調したキーワードとして「学習」があります。

「人数が多いスタートアップと、少ないスタートアップがあった場合、成功する可能性が高いのは『人数が少ない』ほうです。その理由としては、チームとしての『学習』のスピードが加速する点が挙げられます。学習にフォーカスしたスタートアップは、そうでないスタートアップと比較して3.5倍速く成長できるという研究もあります」(田所氏)

「Product-Market Fitのフェーズ以降は、仮説構築とその検証を通じた『学習』をどれだけ多く繰り返せるかが成功のカギになります」(坪井氏)

「仮説の構築」と「検証」に基づく「学習」は、Product-Market Fitのフェーズはもちろんのこと、それ以外の段階においてもスタートアップが成長していく上で、極めて重要な要素になると2人は指摘します。例えば、UXの設計に始まり、それをベースとしたプロトタイピング、MVP(Minimum Viable Product)の作成といったプロセスも、すべてはこの「学習」のサイクルを早め、改善のスピードを高めることを目指して行われるべきだと言います。

「学習を意識しないと、スタートアップは得てして自分たちの思い込みを信じ過ぎ、とりあえず作ってみたプロダクトに対する好意的な反応だけを見て、思い込みを強化する方向へ進みがちです。自分もそういう経験があるので、よく分かります。それを避けるためにも、プロダクトは『仮説構築』とその『検証』を通じた学習の場だと考え、その成果を再びプロダクトに反映するサイクルを早めていくことを意識しましょう」(田所氏)

ファウンダーは観察から課題を見抜く「有能な医者」であれ

スタートアップが、大企業よりも「学習」において有利な理由はいくつかありますが、そのひとつは「プロダクトに対するクレームを、作っている人間が直接受けられる」点にあるといいます。

もちろん、学習のきっかけはプロダクトへの「クレーム」だけではありません。専門性の高いユーザー、ターゲットとなるカスタマーなどへの「インタビュー」も重要なリソースになります。田所氏は特に「ファウンダー自らが、現場に足を運び、ユーザーやカスタマーにインタビューする」ことの重要性を指摘します。

田所氏は、保育現場での「見守り」サービスを立ち上げたユニファの代表取締役である土岐泰之氏の名前を挙げ「実際に現場に足を運ぶ」ことの大切さを示しました。

「土岐さんは、Customer-Problem Fitのフェーズで、実際に多くの保育園に出向き、そこでの仕事を観察しています。保育所では、SIDS(乳幼児突然死症候群)対策として、政府からの指示で子どもたちが寝ている状態を細かく記録しておかなければならないのですが、それは、保育士によって、すべて手書きで行われていたといいます。その作業が大変そうだというのは、見ていれば分かるのですが、仕事場を離れて保育士にインタビューしたとしても、彼らはその大変さを言語化できないことが多いのです。土岐さんは、自分で現場に出向き、仕事を直接見たことで、初めて、彼らの抱える解決可能な課題について知ることができたわけです。スタートアップのファウンダーには、医者のように、カスタマーの状況を観察して、そこに潜む課題をきちんと言語化できる能力も必要だと感じます」(田所氏)

効果的に学習するための「仮説構築」の方法

ユーザーへのインタビューや現場での観察を、効果的に「学習」に結びつけるためには事前の「仮説構築」が必須です。仮説の構築にあたっては、そのソリューションにおける「主要な登場人物」を洗い出し、彼らひとりひとりの行動プロセスを追いながら、その中にある「痛み(課題)」がある部分を洗い出すといった作業を行います。

仮説を立ててのインタビューにおいて注意すべき点は「自分たちが立てた仮説に合うよう誘導しないこと」です。事前に時間をかけて仮説構築を行えば行うほど、インタビューの際には、その仮説が「合っている」という前提でヒアリングをしがちになります。あくまでも、インタビューは「仮説が実際と合致しているか」を後に検証するために行うのだということを意識するようにしましょう。

田所氏は「仮説が現実と合致しているか」を検証するためのインタビューの重要性を示す例として、テラモーターズ代表取締役社長の徳重徹氏が「ドローン事業」への参入を決めた際のエピソードを挙げました。

「徳重さんが、ドローン事業に参入するかどうかを決めるにあたって具体的にやったことは、世界中でドローンに関する事業を展開している約300人の経営者に直接会うことでした。ドローンに限らず、何らかのパラダイムシフトが起こった直後というのは、希望や臆測も含めてメディアなどから得られる2次情報が玉石混交になりがちです。徳重さんは、そうした2次情報を疑い、自分の足で仮説を検証するための1次情報をとりにいったのです。新規事業となるテラドローンでは測量や設備メンテナンスにフォーカスした事業展開を決めましたが、これは自分で集めた大量の1次情報を通じて仮説を検証した結果と言えます」(田所氏)

また田所氏は、スタートアップの成熟度を測る基準のひとつとして「ファウンダーが、自社が関わる市場の状況や、ユーザーインサイトをどれだけきちんと持っているか」を見ていることも挙げました。プロダクトへのフィードバックに加え、インタビューや現場の観察なども利用した「学習」がどれだけ行えているかが、スタートアップにとっては重要な指標のひとつであるというわけです。

「Startup Science」はこれからも進化を続ける

この記事で紹介した内容は、今回のトークイベント、そして「Startup Science」のほんの一部分です。会場ではタイトルにある「68項目の要諦」について、限られた時間の中で、田所氏、坪井氏の両名から、密度の濃いコメントや指摘が行われました。

その全容に興味がある読者の方には、田所氏のMediumページで公開されている資料(https://medium.com/@masatadokoro/startup-science-2017-%E6%8B%A1%E5%A4%A7%E7%89%88-1750page-9b1e144204af)をご覧になるか、現在書店に並んでいる「起業の科学 スタートアップサイエンス」を手に取られることをお勧めします。

田所氏は最後に「Startup Scienceは『5年前の自分』がこれを読んでいたら、人生が変わっていただろうと思えるような内容を目指して書き上げました。また、これで完成したわけではなく、これからも進化させていきます。先ほど、来場者の方から『BtoCだけでなく、BtoBに適用できるものも作れるのではないか』と指摘を受けて、それについても取り組んでみたいと思っているところです。自分としては、人生の前半はStartup Scienceを作るために生まれてきたと言い切れるほどの使命感を持ってやっています。今後も、このメソッドを通じて、自分自身を進化させていきたいと思っています」と述べ、イベントを締めくくりました。

・トークゲスト

田所 雅之 / 株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長
シリアルアントレプレナーとして、これまで日本で4社、米国シリコンバレーで合計5社を起業してきた。米国シリコンバレーのベンチャーキャピタル「Fenox Venture Capital」(運用額1700億円)のベンチャーパートナーを務め、国内外のスタートアップへの投資を担当(これまで1500社のDue Diligenceの実績)。現在は、国内外のスタートアップ数社のアドバイザー・ボードメンバーを務めながら、ブルーマリンパートナーズのChief Strategic Officer、日本最大級のウェブマーケティング会社「Basic」の新規事業担当Chief Strategic Officerを務める。世界で累計50000シェアされている「Startup Science」の著者でもあり、2017年11月には、内容に大幅な加筆を行った書籍「起業の科学 スタートアップサイエンス」(日経BP社刊)を出版した。

・モデレーター

坪井 聡一郎 / 株式会社デンソー DP-Mobility IoT推進室 事業開発課
一橋大学大学院にて企業財務とファイナンスを専攻。広告代理店、精密機器会社にてブランディング、コミュニケーション、消費者調査、業務プロセス改善、商品開発等を歴任。農研機構委託「センシングによる農作物高付加価値化研究」コンソーシアムの元代表研究員。経産省「始動Next Innovator 2015」シリコンバレー派遣メンバーであり、最終報告会発表のfinalist 5名に選抜された。

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